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1月10日 負けることの尊さ いちずに一本道 いちずに一ツ事

相田みつをさんが足利で個展をした時に、あるおばあさんから「あなたは昔この町に反物を売りに来ていた呉服屋さんの息子さんですか」と聞かれ、「そうですが、なぜ私とわかりましたか」と言うと「相田という名前と顔がよく似ていたから」と言われ懐かしくまたうれしかったそうです。相田さんの父親は、妾腹の子で“日陰の子”であったため、とことん貧しく落ちぶれた生活だったそうです。
「その節は親父がお世話になりました」と言うと「うちに何回か泊まったことがあるんです」「なんで泊めてくれたんですか」「あなたのお父さんが、たいへんいい人だったから」こんなやりとりがあったそうです。

   
親父は財産は何も私に遺してくれなかったんですね。それが、たった一言だけ、
   「いい人でしたよ。仏様みたいな人でしたよ」と言われたときに、私は、涙が
   出るほど腹の底から嬉しかったですねぇー。
   親の財産というのは、何も遺さなくてもいいけれども、
   「あんたのお父さんはたいへんいい人でしたよ」
   という、その一言が、我が子に残す一番いい財産じゃないかと思うんです。
   私は、こんな嬉しい言葉を聞いたことありませんでした。
      ~中略~
私は、この町には10回以上も呼ばれていますが、これは死んだ親父の、仏様のはからいだと思っています。親父がこの町に来たときは、おそらく途方に暮れていたはずですが、私は講師として来ていますから、至れり尽くせりの待遇で、そういうことを考えると、自分と親父とでは大きな差があるのです。
人間というのは、途方に暮れる経験をすることが、いかに貴重であるかということを、私は言いたいんです。途方に暮れる経験がないと人生はわからない。にっちもさっちもいかない。どこにも行く場がない。そういう経験が、皆さんにも必ずあると思う。右に行ってもダメ、左に行ってもダメ、南に行ってもダメ、北へ行ってもダメ、どうしようもなくて、本当に途方に暮れる。そういう経験が人間の「いのちの根っこ」を育てていくんですよ。負けるってことが、いかに大事か。そのことを、私は皆さんに訴えたいと思うんです。(相田みつをさんの言葉より)


 僕は、親父を大学2年の時に亡くしたんだが、その時は本当に途方に暮れた。高校生だった弟や残されたお袋のことを考えると、心細くて情けなかった。幸い、二部(夜学)の大学生だったので職はあったのだが、心のよりどころがなくなり、ぽっかり穴が開いたようだった。
 生前、親父のことには無関心で、どこで何をしているのか知る由もなかったが、亡くなってから遺品を整理していてわかったことや、親しかったひとから、生前の親父の人となりを聞いて知ったことが多かった。相田みつをさんのお父様のように、「川谷さんの亡くなったお父さんは、本当に優しいいい人でしたよ」と言ってもらった時は号泣した。
 親父から受け継いだ財産は、金目のものではなかったが、そのかわりお金では買えない大切な「こころ」であったと思う。
      
                   路上的旅人 2001年3月 書く



この本の中に書かれてあった文章と『受け身』という書は、僕の心に“忘れかけていた何か”を思い起こさせてくれた。今思えば、僕の学生時代は柔道に明け暮れる毎日だった。お陰で“ガニ股、短足”の女にモテない少年時代だったが、柔道のお陰で少しは「人の痛みが分かる優しい心」が身に付いたと思う。下手な選手ほど、技が未熟で力まかせに投げ飛ばしてしまうが、本物の柔道家は技に余裕があるため、投げっぱなしにせず、投げたあと相手が怪我をしないように、引き手を離さず手前に引き寄せている。だから柔道家は優しいのだ。
 他のスポーツは、相手を倒す練習とやっつける練習に明け暮れる。柔道家は、負ける練習、転ぶ練習に明け暮れる。喩え、強くて投げられることなどない選手でも、練習前と終わりには受け身をする。田村選手や篠原選手が試合で投げられたなんてことは、この何年かないはずだ。投げられるはずもない柔道家が、毎日毎日、負けるための稽古に明け暮れる。これが柔道なのだ。
 負けることを知らない者が、負けることの意味を知っている。人前で恥をさらすことも、負けることの尊さも知っている人間が、途方に暮れた時に強さを発揮するのだと思う。相田みつをさんは、「受け身が身につけば達人」と言っている。人を攻撃し、やっつけることだけに専心している我々に対する警告だと思う。

 「負ける」ということは、自分の思いを引っ込めること。自己主張をやめ、相手に勝ちを譲ること。そして、恥ずかしいことをさらけ出すこと。「バカがいなけりゃ、利口が立たねえ」という言葉があります。全部が利口じゃ困るんですよ。底辺を支える人がいて、初めてトップが生きるんです。負ける人がいるから、勝つ人がいる。人間は、いつでも負ける方にいると、心が安らかだと思うんです。(相田みつを の言葉)


 僕は、昔から負けず嫌いで、柔道もテニスも攻撃的だった。相手を倒すことだけを考えてがむしゃらに攻めてきたと思う。写真も恋愛も仕事も、全てが自分が満足いくまで追求することが自分のやり方だと思っていた。全力で頑張ることが自分の信条だった。永らく柔道をやって来て、今、やっと『受け身』の大切さに気づいた。これからは、もう、こわいものはないと思う。負けることにも価値があることに気づいたのだから。
のに たら れば

春の 野に咲く 花が好き
夏は レバニラ炒めがいい
冬には タラバ蟹が旨い

あんなに してあげた のに
あの時 こうしてい れば
もっと 一生懸命 やってい たら

俺は のに たら れば の話しが多い
だから 駄目なんだ

のに たら れば をやめたらいいのに
言わなければ 一流
そうなったら 本物
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